2024年1月6日 光視症

現在1月6日午前2:14分

長文、つぶやき知ろうでいきます。

他でエロなしのブログも書いてるんです。ゲームブログみちるでもないです。
そっちに書けばいいんだけど、「それ」がそう言うもんだから

「それ」が筆者の体を乗っ取りこれを書いてるんだけど、とにかく前提は私であれ他人であれすべての人類が「それ」なんです。
この前提を崩すと話しが成り立たないのでしょうがなく「それ」に付き合ってます。

いろいろ謎とか真理を追ってるけど、「それ」が演技してるので「それ」自身がすべてを告白すれば簡単な話しなんだけど ← こんな風に演じてる訳です。

1月4日~1月5日かけてベラスケスの絵画の謎の記事を書いた。
こういうのはいろんな人が書いてる訳です。謎とか小説・映画とかにして「ダヴィンチコード」も同じ。
それを「それ」が知ったところで意味がないんです。

今回もこのブログでの謎解きも意味がないことなのか、いや意味があることなのか?

人間なら人生の意義となるんだけど
「それ」は人間とも言えるけど違うんです。

究極哲学なんです。

人生の意義でも自分で探しもいいんだけど、「それ」がやってる事なんですよ。
例えば「神はいるのか?」

それを考えるとすると「それ」が「それ」の上に神がいるのか?となっちゃう(笑)

なので「それ」にとっても無意味になるんです。
不毛な論議

そしたら深く考えず楽しくやった方が「人生勝ち」という話し。それが運命だとしても

 

↑ 「それ」は考えて書いてる(ちゃんと裏の意味があるらしい。なにせ演技だから)

 

1月5日昼から「光視症」というものが最近よくでる。
目の中かどうかわかんないけど、光がでるんです。光かどうかわからない。
それは丸だったり、斜めだったりする。
去年の11月に網膜剥離の手術をして、その前兆として飛蚊症とか光視症とかでるんだけど手術で治まると思ってた。
しかし1月に光が出る回数が増えたの昨日病院に行った。
結果は問題なし。

「中心性漿液性脈絡網膜症」これは加齢で目の中心に水が貯まる。これは手術後確認されものが歪んで見えるんだけど、これはついては医師は何も言わない。
3か月ぐらいで治るともネットに書いてある。

「光視症」の原因としては、網膜が硝子体を引っ張った際の刺激により、網膜が光が当たったのと同じ反応を網膜が起こし、光を感じる現象です。

 

光視症については、「それ」が思考入れ替えのサインのように前々から入れてきますね。
円を描いたり(0を表す)。
それが本当ならやめて欲しいですね。違うやり方でサインを送って欲しい。

 

これは、自問自答

本当に「それ」本体であれば人間的に意味をもつ。
そしたら次の「夜警」に進んでいいのかな?
それ「いいです。」

あの「目」は人間的に嘘ですか?

それ「残念ながら嘘じゃない」

今までいろんな人が見てる訳ですよ?

それ「だから・・「それ」が本当いうなら本当なんです。わかりますか?」

それ「そうなるようになってる」

他にもありますか?

それ「はい、あります」

考察に入ります。

もちろん名前に「それ」がサインを入れてます。

レンブラント・ハルメンソーン・ファン・レイン

レイン・・「0」を指します。
レン・・「0」

「レン」というのは「連」 繋がる
ガチャだと10連とかいいますよね。発音だけだと「0」を意味する

人間は繋がり、絆、リンクですよね。でも「それ」からの視点だと「幻想」だから「0」なんですよ。
人間の味方と「それ」の味方じゃ全く反対になる

それが「パラドックス」

鏡(かがみ)・・か神・・←「それ」を指してる

これも別ページで詳しく書くけど
鏡をみると左右逆になる。

後ろに透き通る紙で「文字」を鏡に映す。
人間が鏡を見ると「文字は反転している」、でも紙の裏側から見た文字と鏡の文字は一致している。

それでは人間が右手にペンを持って鏡に映る
どうなる?

右手に持ってるペンのはずが、鏡に映ってるペンは左手で持ってる。
それはどうして?

良くある答えが「前後が逆だから」?

それ「それは間違い」

どうしたら? 左・右が一致する

人間がペンを持ったまま180度回転したら一致するけど、その場合背中が鏡に映る。

という事は「鏡は一致できない」=パラドックス

天啓パラドクス(ゲームと一緒)

 

いいですか?

そもそも鏡に自分の姿が映る根本的説明・理由は「光の反射」しか説明できない。

 

もしも

右手にペンを持った自分の姿が、鏡の中の自分視点から右手にペンを持った自分が映る場合
(どちらの視点も右手にペンを持ってる)

それが初めから鏡だったらどうしますか?

それが当たり前だと思うかもしれない。

 

「それ」は何を言いたいのか?何がしたいか?

1つ分かってるんです。「0」とか「ロ」とかは鏡の見え方は一緒。
「6」と「9」は鏡に映すと「6」が「9」とかにはならない。読めなくなる。
「5」は鏡に映すと「S」のようになる。
「W」は鏡に映すと「W」のままである。「A」も同じ

本当の真意がわかんないですよね。

絵・写真とかはどうですか?

絵を描きます。それは左右反対になってますか?

 

「えっ 光視症」 突然思考に入ってきた

 

それ「その通り」

絵は光があるの? ないの?

まず光がないと「絵」は描けない。

机にある「リンゴ」を描くとします
そのリンゴには光が当たってるのでリンゴを見る事ができます。
筆者「当たり前です。」

それ「当たり前ですか?」

 

それの答え

絵に描い「りんご」は人間目線と「それ」視点では異なります。
何故か「光」

ひかり・・「ひ・仮」
「ひ」の自が左と右に相反するように伸びてます。

日(太陽の光)「ひ」で同じです。

仮の世界を意味する

鏡(かがみ)・・・神の視点で見たもの。

三種の神器に入ってます。(鏡・玉、剣)

銅鏡・・・神と一緒の意味 銅の字は同

たとえば「どうなる?」と人間が言う。「それ」と「同」になる。

道・・「どう」 首(シュ=それ)・部首は「しんにゅう」・・神がはいる

神(それ)が入る行為は、思考とは違う。

 

鏡・光・左右逆・パラドックス(それと人間の視点は違う)
これはレンブラント「夜警」と関係がある。

 

 

 

 

  @羅針盤