じゃんけん(グー・チョキ・パー)の謎 偶然・必然・あと一つ

位置でいうと
A支配する何か ー B孤独な演技者(中)ー C 人間(空っぽ)

Aは恐らく最初で世界を支配している。
Bは人間の思考で概念、思念
Cは人類、人間

通常、自分、私が人間であるという根拠は思考に頼ってる。しかし人間はBに演技されているので人間は空っぽとする。
Aも人間を演じている可能性は否定できない。なにせ最初だから
人間の体(からだ=空だ)はAが動かしている可能性が高い。

 

じゃんけん
三すくみ(さんすくみ、三竦み)
三つ巴(みつどもえ)

どちらも、くみ(組み)、ともえ(共、友)とすると一致させる事ができる

 

wikiの記述では
>3つのものが互いに、得意な相手と苦手な相手を一つずつ持つことで、三者とも身動きが取れなくなる状態

三者が身動きとれない状態だと先へ進めない。

AはBに勝つ
BはCに勝つ
CはAに勝つ

上記を当てはめると

A(支配者する何か)はB(孤独な演技者)に勝つ
B(孤独な演技者)はC(空っぽの人間)に勝つ
C(空っぽの人間)はA(支配者する何か) に勝つ

空っぽの人間は何か?
器だけになるので体、身体という事になる。
ゼロである人間Cが世界の支配者であるAに勝つ

 

じゃんけんを考える時
なぜ「じゃんけん」なぜグーと呼ぶ、チョキと呼ぶ、パーと呼ぶ
なぜハサミはチョキチョキなのか?
本当に決めた奴がいるのか?
決めた人間がいるならなぜ拳(こぶし)をグーと呼んだ?

名前を決める時、それは閃き、アイデアある
思考したのは誰か? B(孤独な演技者)である。恐らくBだけじゃ三すくみ、三つ巴にできないのでAも関与していると思われる。

グーは指がない
チョキは指が2本
パーが指を5本伸ばした状態だけど指と指の間に隙間がない。普通じゃんけんでパー出す時は5本の指の間に隙間があるんだけどwikiでみると違うんですよね。

パーは紙(かみ)なので、神(かみ)と思ったけど
人間の自我・思考・意識がBであるならCは空っぽ(体)なので、AがCを兼ねていると言える。Aは神であるならCも神である。

チョキ
指が2本で選択肢がある状態。
鋏(はさみ)で紙を切るので2つ分かれる。思考が分かれるので自分(自が分かれている)=B(孤独な演技者)

最初はグーとするのは

最初(さいしょ=みんな一緒)なのでグーがA(支配する何か)である。
「ABC」とか「あいうえお」とかAで始まる理由である。

 

=偶然のグー
Aは偶然だったか?
石・意志 石は鋏で切れない、意志は切れるのか?

孤独な演技者Bに意志はあるのか?

チョ=必然?
恐らくチョキがB(孤独な演技者)である可能性が高い
小文字のョ
人差し指と中指

=必然?
パーは パ(半濁点、半濁音)
ぱ、パ、Pa= どれも「。」ゼロになっている。

キー 鍵

 

必 訓読 かなら
叶 訓読 かな

必の音読「ヒツ」←ツ=2なのでチョキは2本
キ=木 人間の思考
意志は、心なので頭・思考ではない。

パーは必然でも偶然でもないのか?
ただ パの後にー(横棒)が残る。

グーもパーも 一 がある

 

心 と 必

必は 「し」を消してる

という事は人間の死は必然とも偶然とも言わない。

奇跡

A(支配者する何か)はB(孤独な演技者)に勝つ、偶然・グー
B(孤独な演技者)はC(空っぽの人間)に勝つ、必然・チョキ
C(空っぽの人間)はA(支配者する何か) に勝つ、奇跡・パー

Bは必然、なぜなら思念(死ねん)必は「し」を消してる
Cは奇跡=軌跡 ストーリーになっている。

奇・・大(ダイ、AとBが消滅すること)、大が可能。
偶然(たぶん)生まれたAがいつまでも終わらないので人間で死(消滅する)をBを使ってやってる。

 

奇跡の反対語は当然、当たり前

当の漢字は3本が収束していてグーもチョキもパーも上であり前である
ただし思考では3者一致はできない。あくまでも漢字の「当然」だけ

運命と必然は違う
必然はB、孤独な演技者だけ。なのでストーリー(奇跡)は変えられる。

条件は
AとCが一致し、CがAに勝ってAが作ったストーリーを変えさせる。
もちろんBは演技者で嘘を付くのでBは利用できない。思考では無理

 

人偏に可
AがCと同化、神が人間である。これをイエス・キリスト

 

  @羅針盤